固体ネオン上の電子

単一電子の電荷・スピン量子ビットの実現

固体ネオンは固体であるため、表面が時間的に揺動しません。その結果、電子の量子性がより長く保たれることが、近年明らかになってきました。固体ネオン表面上の電子は、これまでほとんど研究されてきませんでしたが、ここ数年でノートルダム大学の Dafei Jin 教授が、この系を用いて量子ビットを初めて実現したことで、大きな注目を集めています。ただし、固体であるがゆえに、表面の凹凸が大きいという課題が存在します。

サンプル

これまでの LC 共振器に代えて、より性能の高い NbTiN 製の超伝導ナノワイヤ共振器を用いました。ナノワイヤ両端が電場の腹となるので、A, B の位置で電子と共振器中のマイクロ波は電気的に強く結合できます。また、材料特性とナノワイヤ構造の双方により磁場に強く、将来的なスピン量子ビット実現にも適しています。ナノワイヤ共振器の両端(A, B)を近づけると、両端が出会うところで電場の強度は最大となります。実際のサンプルには、電子をこの電場強度最大の位置にトラップできるように、DC 電圧を与えられる電極がいくつか周辺に配置されています。このサンプルを冷凍機内で冷やした後、固体ネオンを積層し、その上の真空中に単一電子をトラップします。

測定

サンプルは真空容器内に入れられ、冷凍機の最も温度が低い 10 mK プレートに設置されます。マイクロ波は室温からサンプルまでラインを通して伝送され、チップ上の超伝導共振器の近傍まで接続されています。共振器とインダクティブに結合することで、マイクロ波が共振器に送られ、反射して戻ってきた信号を室温で測定します。この共振器の共振周波数は 5.34456 GHz となります。

共振器に送られたマイクロ波は両端間に振動電場を生じ、電子はその振動電場と結合します。また、共振器に与えられた DC 電圧により、電子は二重井戸型のポテンシャルに閉じ込められます。電子が左側にいる状態を $$ L\rangle\(、右側にいる状態を\) R\rangle\(とすると、量子ビット状態 0 と 1 はこの L と R の重ね合わせで表されます。0 と 1 のエネルギー差は L と R の結合度で決まり、周波数に換算すると 5.02 GHz に相当します。したがって、この周波数の駆動マイクロ波を印加することで、\) 0\rangle\(と\) 1\rangle\(の間の状態操作が可能になります。量子ビットの読み出しには、共振周波数 5.34456 GHz の読み出しマイクロ波を用い、その透過係数を測定します。\) 0\rangle \to 1\rangle$$ への励起により周波数が約 50 kHz、位相が約 0.05 rad 変化するため、この変化を検出することで量子状態を読み出すことができます。
駆動マイクロ波の照射時間を変化させたところ、量子ビットが $$ 0\rangle\(と\) 1\rangle$$ の間を往復する様子が観測されました。これにより、量子ビットの動作実証ができました。また、この振動が見えている間は量子性を保持することができているのですが、物質中の電子と比較しても極めて高い量子性を保持できることが分かりました。

強みと弱み

固体ネオン表面上の電子を用いた量子ビットの強みは、電子の周辺環境である固体ネオン表面が時間的に揺動しないため、他の類似した量子ビットプラットフォームと比べて、より長時間量子性を保てる点にあります。量子コンピュータの開発は量子性をいかに長く維持できるかの戦いであり、この特長は大きなアドバンテージです。

電子は電荷とスピンという二つの量子自由度を持ち、いずれを用いても量子ビットを構成できます。一般に、電荷自由度を用いた量子ビットは比較的実装が容易である一方、環境との結合が強く、量子性が失われやすいという課題があります。上述の量子ビットは、固体ネオン表面上の電子の電荷自由度を用いたものです。今後は、より長い量子コヒーレンス時間が期待できるスピン自由度を用いた量子ビットの実現を目指します。

一方で、固体ネオン表面上の電子を用いた量子ビットには、表面の空間的な凹凸が将来的な量子ビットの集積化を妨げる可能性があるという弱みも存在します。これに対して、固体ネオンの成長条件や成膜手法を工夫することで、より平坦で均一な表面を実現し、スケーラブルな量子ビット集積に適した基盤の構築を目指します。

References