真空中の電子の集団振動と光子の強い結合
-量子情報技術に向けた電子・光子ハイブリッド系の基盤-
※本記事は、専門知識がない方にも分かりやすいよう、平易な表現で解説したものです。
概要
液体ヘリウムの表面上、真空中に浮かぶ電子の集団振動「プラズモン[1]」と、電気回路(LC回路)に閉じ込めた電波(光子)とを、エネルギーが失われる速さを上回る強さで結び付ける強い結合状態を実現しました。
本研究成果は、真空中に浮かぶ電子を用いた量子情報技術やプラズモンと光を利用した高感度な計測技術に向けた基盤技術の構築に貢献すると期待されます。
液体ヘリウムの表面から約10ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)上の真空中に浮かぶ2次元電子系を、円環状の電極と微細加工したコイルからなるLC共振回路と一体化した素子を作製しました。
電極にかける電圧で電子の集団振動(プラズモン)の周波数を変え、LC共振回路の共振周波数に一致させると、測定される電波の反射スペクトルのピークが二つに割れる「反交差」が現れ、両者が結合していることが確かめられました。得られた結合の強さ(結合定数)は約4.9メガヘルツ(1メガヘルツは1秒間に100万回の振動に相当)で、プラズモンと回路のそれぞれからエネルギーが失われる速さを上回っており、「強結合」の条件を満たしていました。さらに、20ナノ秒(1ナノ秒は10億分の1秒)の短い電波パルスを入れてその後の回路のエネルギーの時間変化を測ると、エネルギーがプラズモンと光子の間を周期的に行き来しながら減衰していく様子が観測されました。加えて、このLC共振回路を高感度センサーとして用いることで、低温で電子が規則正しく並ぶ「ウィグナー結晶[2]」への転移や、液体ヘリウム表面のさざ波「リップロン[3]」との相互作用によるプラズモンの減衰も精密にとらえました。
本研究は、科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(9月10日)に掲載されました。
真空中の多数の電子の集団振動がプラズモンとして現れる
背景
物質中で多数の電子が、クーロン相互作用を介して集団的に振動する現象は「プラズモン」と呼ばれ、金属のナノ粒子から半導体、2次元物質まで、さまざまな系に現れます。プラズモンは光や電波と強く相互作用するため、光触媒や化学センシング、さらには量子情報処理への応用が期待されています。
しかし、通常の金属や半導体では、材料中の不純物や結晶の乱れによって電子が散乱され、プラズモンのエネルギーが速やかに失われてしまいます。このため、プラズモンと光子(電波)が波としてのそろい(コヒーレンス)を維持したままエネルギーをやり取りする状態を、乱れの影響なく明瞭に実現することは困難でした。
一方、液体ヘリウムの表面上には、真空中に浮かぶ電子の層を作ることができます。この電子系は不純物も結晶の乱れもないため電子の散乱が極めて少なく、世界で最もクリーンな2次元電子系の一つとして知られています。
液体ヘリウム上の電子のプラズモンは1970年代から電波の吸収測定によって研究されてきましたが、その量子的な性質や、電気回路の光子とコヒーレントに結合させることは、調べられていませんでした。
そこで、この極めてクリーンな電子系のプラズモンを電気回路に閉じ込めた光子と強く結合させることで、量子情報技術の基盤となる新しい「電子・光子ハイブリッド系」を実現するとともに、液体ヘリウム上の電子の物理を調べる高感度なセンサーとして使えるのではないかと考えました。
研究手法と成果
上下2枚の円板電極の間に厚さ約1ミリメートルの液体ヘリウムをはさみ、その表面から約10ナノメートル上の真空中に電子を浮かべた素子を作製しました(図1)。
下側の電極は中心・中間・外側の3つの同心円状の電極に分かれており、それぞれにかける電圧を調整することで、電子がたまる領域の広さや電子の密度、そして電子の集団振動(プラズモン)の周波数を調整できます。上側の中心電極には微細加工でつくった小さなコイルがつながれており、電極とコイルが一体となって共振周波数 約121メガヘルツのLC共振回路を形づくります。
プラズモンの周波数をLC共振回路の共振周波数に近づけていくと、電波の反射スペクトルのピークが二つに割れる「反交差」が現れました。これはプラズモンと回路の光子が混ざり合った新しい振動状態(ハイブリッドモード)ができていることを示しており、両者が結合している証拠です。
結合の強さを表す結合定数は、周波数を細かく変えて調べる測定で約4.6メガヘルツ、時間変化を追う測定で約4.9メガヘルツでした。いずれもプラズモンと回路がエネルギーを失う速さ(数メガヘルツ)を上回っており、エネルギーが失われる前にエネルギーを何度も両者の間を往復できる強い結合の条件を満たしています。
さらに、20ナノ秒の短い電波パルスを回路に入れ、その後に回路にたまったエネルギーが時間とともにどう変化するかを測定しました。すると、エネルギーがプラズモンと光子の間を周期的に行き来しながら減衰していく様子が観測され、コヒーレントなエネルギー交換が起きていることを時間分解で直接確かめられました。
また、このLC共振回路は液体ヘリウム上の電子の状態を測る高感度センサーとしても働きます。温度を下げていくと約0.25ケルビン(絶対温度の単位。0ケルビンは約−273℃)付近でプラズモンの周波数が急に変化し、電子が規則正しい三角格子状に並ぶ「ウィグナー結晶」への転移が起きたことがわかりました。また、温度を変えながらプラズモンの減衰の速さを詳しく調べると、液体ヘリウム表面のさざ波「リップロン」による電子の散乱が減衰の主な原因であることが定量的に確かめられ、理論計算ともよく一致しました。
図1 液体ヘリウム上の電子のプラズモンと共振回路光子の強結合
上下の円板電極の間に液体ヘリウム(水色円柱)をため、その表面から約10ナノメートル上の真空中に電子(水色丸)を浮かべる。上側の中心電極につないだコイルと電極がLC共振回路をつくり、約121メガヘルツの電波(光子)を閉じ込める。電極にかける電圧で電子の集団振動(プラズモン)の周波数を回路の共振周波数に合わせると、プラズモンと光子がエネルギーを周期的にやり取りする強結合状態が生じる。この回路は、電子が結晶化するウィグナー結晶への転移やプラズモンの減衰を測る高感度センサーとしても働く。
一連の測定は、希釈冷凍機(きわめて低い温度をつくる装置)を用いて絶対温度で約0.18ケルビンまで冷やした環境で行いました。電子の面密度は1平方センチメートルあたり約1億個です。
今後の期待
本研究は、真空中に浮かぶ電子のプラズモンと電気回路の光子を組み合わせた実験を、乱れの影響が極めて小さいクリーンな系で実現した最初の一歩です。
プラズモンは電気的な振動として大きな「アンテナ」のように働くため、単一電子のスピンや運動の状態を用いた量子ビット同士を光子を介してつなぐ「量子情報のバス(中継役)」として利用できると期待されます。回路に閉じ込めたプラズモンを、電子の層に沿って伝わる波(プラズモン波束)として送り出せば、離れた場所にある別の量子ビットへ量子情報を運ぶことも可能になります。
今後、プラズモンをより小さな領域に閉じ込めて振動の周波数をギガヘルツ帯(1秒間に10億回程度の振動)まで高めれば、超伝導量子回路と同じ周波数帯で動作させることができ、マイクロ波の光子1個と量子力学的なレベルで情報をやり取りできるようになると考えられます。
さらに、電子の閉じ込めを周期的に変化させる「パラメトリック駆動」により、微弱な信号を増幅する素子や、量子的な雑音を抑えた状態をつくる素子への応用も見込まれます。本成果は、液体ヘリウム上に浮かぶ電子を用いた量子コンピュータの実現に向けた基盤技術になると期待されます。
論文情報
Strong Coupling Between RF Photons and Plasmons of Electrons on Liquid Helium Asher Jennings*, Ivan Grytsenko, Thomas Giovansili, Itay Josef Barabash, Oleksiy Rybalko, Yiran Tian, Jun Wang, Hiroki Ikegami, and Erika Kawakami* Nature Communications (2026)
補足説明
[1] プラズモン 金属や半導体などの中で、多数の電子がいっせいに同じ向きに動いたり戻ったりする集団的な振動のこと。電波や光と強く相互作用する。液体ヘリウム上の電子系では、電子どうしのクーロン反発によって生じる電子密度の粗密の波として現れる。
[2] ウィグナー結晶 電子どうしのクーロン反発のエネルギーが熱運動のエネルギーを上回ると、電子が規則正しい三角格子状に並んで固体のようにふるまう状態。物理学者ユージン・ウィグナーが理論的に予言した。
[3] リップロン 液体ヘリウムの表面に立つさざ波(表面張力波)を量子力学的にとらえたもの。液体ヘリウム上に浮かぶ電子はリップロンと相互作用し、これが電子の運動を乱してプラズモンの減衰を引き起こす。
謝辞
本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(FOREST)、公益財団法人服部報公会の研究助成、理化学研究所理研白眉制度、理化学研究所 量子コンピュータ研究センター、による助成を受けて行われました。また、サンプルの作成にあたり理化学研究所 光量子工学研究センターの機械工作室の支援を、希釈冷凍機の使用にあたり蔡兆申の協力を、ジェニングス・アーシャーは理化学研究所 奨励課題の支援を受けました。
この記事は楽しんでいただけましたか?
こちらもあわせてどうぞ: